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私は脳に操られているのか [人類の歴史]

最近読んだ本 2018228


私は脳に操られているのか My Brain Made Me Do It


エリザー・スタンバーグ 訳:太田直子 出版:インターシフト


“ある知性が与えられた時点において、自然を動かしている全ての力と自然を構成している全ての存在物の各々の状況を知っているとし、さらにこれらの与えられた情報を分析する能力を持っているとしたならば、この知性は同一の方程式のもとに宇宙のなかの最も大きな物体の運動おも包摂せしめるであろう、この知性にとって不確かな物は何一つないであろうし、その目には未来も過去も同様に現存することであろう”「ラプラスの悪魔」といわれるこの究極の決定論は、世界がただ坂を転がり落ちる岩のように決められたところに向うだけだと述べ、デカルト的2元論の精神世界を否定した。アインシュタインが求めて得られなかったのは、この方程式である。


以後ボーアとハイセンベルグの不確定性原理(量子力学では位置と運動量は同時に確定できない)により量子の世界でこの考えが否定された。進化論も偶然が世界を造ったといい、ダーウインは“世界と人間は神に創造された”という宗教や芸術の世界を壊したという非難と戦った。リチャード・ドーキンスは最近の分子生物学にもとづいた「利己的な遺伝子」で個体は生存競争で淘汰された遺伝子による世界との競争手段であり、人間も同じだと述べ、一般の人の希望や努力をくじく考えだと非難された、しかし次の著「虹の解体」でガリレオが光学分析で虹のロマンチックな世界を壊したとして非難された例を挙げ、本当の科学の進歩、例えば現代の量子物理学による宇宙探索などは、これまで常に対立してきた芸術等にもっと大きな夢を与えてくれるだろうと言っている。もっと身近な対立の例として、マイクル・シャーマー「なぜ人はニセ科学を信じるのか」でカルト・心霊・占いなどの商業化を社会問題として、皮肉を込めてユーモラスに書いている。


アメリカでは最近まで進化論と神が人間を創ったという原理主義を対等に扱うべきだと言う裁判が行われ、宇宙開発でソヴィエトに先を越され、科学教育の遅れが問題となってやっと判決が出た、これをモンキー裁判と言いシャーマーも証言をした。これを担当したのが死刑廃止論で有名な弁護士クラレンス・ダーロウである。さて彼のもう一つの有名な裁判は「レオポルドとローブ事件」だ、この事件はシカゴ大学生、ハーバード入学予定という二人の若者が、動機なく犯した不可解な殺人事件だ。ダーロウは法廷で前代未聞の議論を展開し彼らを死刑から救った、脳内物質のバランスが彼らを犯罪に至らせたというのである、旧くから行われてきた障害と脳の損傷部位の対比による脳の研究に加えて、最近は化学的な分析による脳内物質の働きや、スキャンによる脳の電気的に活性化した部位の解明などが進んで、外部情報―神経伝達―脳の指令経路が分かるようになりこのような議論が可能になったのだ。


例えばトゥレット症候群と言われる病気、パーキンソン病・ハンティントン舞踏病・コプロラリア(汚言症:友人を侮辱する言葉が衝動的に出る)などは、大脳基底核の損傷が原因とされるが、プロザックと言う薬でセロトニン・ドーパミン・ノルアドレナリンといった脳内物質をコントロールする事で改善できると言う。前に紹介したジョナサン・モレノ「マインドワーズ・操作される脳」では、この分野が軍事的用途の為に研究され、例えば3日間眠らずに戦える兵士を造るなどの意図で飛躍的に進んだ事が書かれている。自分は肩、腰の痛みを抱えて痛み止めを飲んでいる、以前は「消炎酵素剤」であったが、最近薬が変わり、飲み始めは徐々に量を増やし、やめる場合も徐々に減らさねばならないと言われた。はてどんな薬かと調べてみたら、やはりこの系統の薬であった。しかしいくら技術が進歩し脳のメカニズムが解明されても人間の生涯における多重な記憶とそれによる判断をコンピューターのアルゴリズム(判断の道筋のようなもの)にすることは出来ない、つまり決定論には出来ないというのが著者の指摘である。


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ヒトラーの時代は科学発展の時期でもあった [人類の歴史]

最近読んだ本8


ヒトラーと物理学者たちPhilip Ball 2016 Serving the reich .The struggle for the soul of physics under Hitler  
訳 池内 了 小畑 史哉 岩波書店


1895:レントゲンX線発見、1904:キュリー夫妻ラジウム精製、1900:プランク量子論、1903:ラザフオード・ソディ核分裂、1905:アインシュタイン特殊相対性理論、1911>:ラザフォード・ボーア原子モデル1922:ハイゼンベルク・ボルン行列式力学、1926:シュレーディンガー波動方程式、そして1930:ヒトラー政権を取る。


この本にヒトラーは登場しない。苦渋に満ちた時代に生きた3人の物理学者、マックス・プランク ピーター・デバイ ヴエルナー・ハイゼンベルクを中心に、その他同時代のいずれもノーベル賞を受賞した科学者たちの考え方、選択した生き方を、研究成果やナチスへの対応に関連付けて述べている。その中から現在核エネルギーの他に、発生している遺伝子工学、情報工学、環境工学など潜在的に社会を破壊する力を持つに至った科学に、開発者がどう向き合うべきかを論じているのだ。



時間を圧縮して過去をさかのぼって振り返ってみれば、原子構造の発見から広島・長崎の破壊までの道は驚くほど短い。なにせ一世代のあいだで起こってしまったのだ。その出発点に居合わせたマリー・キュリーが、もし彼女が研究中の被曝による貧血症という致命的な害によって11年前に亡くなっていなかったら、日本の二つの都市が廃墟になるのを目撃できたほど短い期間であった」

*「今日の他の独裁政権と同じように、ナチスは、その権力が野蛮な抑圧によってではなく、指導者を力ルト的な存在へ持ち上げることを含む、宣伝とポピュリズムによる支持の大きさによって得られることがわかっていた」


ナチスが何を行っているか見えてくる中で、ぎりぎりに脱出した者とその補助者、英雄的にレジスタンスとなり、又はスパイとして内部に留まった者の話には感動する。破壊的兵器の製造に至らなかったのは、独裁政権は抽象的なことが理解出来ず、目に見えない量子論を嫌い、ユダヤ系と言う事で多くの主要な科学者を国外に出してしまった事である。原子炉は臨界直前まで行っていたが、Vロケットの開発に手を取られ、戦局も見る間に敗戦に傾いたからだ。


アインシュタインはアメリカ出国の後、次のように述べている


     「政治的な問題、広ぃ意味で人間に関わる問題に対して、科学者は沈黙を守るべきというあなたの意見には同意できません。そのよぅな抑制は責任感の欠如を意味するのではないでしょうか? 私は自分が言ったことの一語たりとも後悔Lていませんし、私の行動は人類に役立ってきたと信じてぃます。」


     「物語が私たちに教える教訓を学ばないまま、政治的また経済的なフラストレーションや幻滅を排して1つになろうと、又別の独裁制を待望する事になっては成らないのだ」


# 「著名な物理学者たちのナチスとの関係は三者三様であった。いずれも当時の科学者の支持を得、戦後になってナチスとの協力を問題にされたときも皆無罪であると主張した。積極的にナチスを応援したわけではなく、科学の発展のみを考えていただけであって、自分たちはあくまで「非政治的」であったとしたのだ。このような科学者の態度こそがユダヤ人虐殺やおぞましい人体実験などを許容することになったとは考えなかったのである。この心情は現在の科学者にも共通しており、科学の軍事利用が進んでいく一つの大きな理由となっている。つまり、本書はナチス時代の科学者の典型的な言動を描きながら、それに追随した多くの科学者たちの存在を示唆し、それは現代にも共通していることを暗示している。本書が、科学と社会の関係はいかにあるべきかをじっくり考える手がかりとなることを願っている。」


自分も工学系の学校を出たが、常に、日本の科学・工学系の人間が社会の動きに関心を示さないのは全くおかしいことだ思っている。 *=本文 #=訳者解説


入間基地落雷の記事 [災害]

<div航空自衛隊入閻基地(埼玉県狭山市、入間市)で昨年八月、落雷が航空燃料の蒸気に引火して爆発し、マンホールのふたが吹き飛ぶ事故が発生していたことが、消防への情報公開請求などで分かった。基地は落雷については地元自治体に説明しているが、引火により爆発があったことは伝わっていない。 爆発があったと判定したのは埼玉西部消防組合(所沢市)。基地側は判定内容について「把握していない」としている。昨年十月に作成された消 防組合の火災原因判定書などによると、昨年八月十八日午後二時十分ごろ、基地で爆発が発生。地下の航空燃料迭油管路から地上につながる点検ピット(点検口)二ヵ所のマンホールのふたが吹き飛ぶなどの被害があった。けが人はなかった。 判定書は「火災発生直後点検ピット内にJPー4(航空燃料)が漏油していた」 とした上で、出火原因を「落雷により放電し、JPー4の可燃性蒸気に引火爆発した」と断定した。文書は部分開示で大半が黒塗りだった。 基地によると送油管路は滑走路両側 にある燃料 施設を地下で結ぶ。事故発生当時、滑走路には航空機はいなかったという。 基地は落雷の翌日、地元の埼玉県、狭山、入間、所沢三市に文書で「落雷によるものと推定される被害が発生」「点検口(マンホ一ル)の一部が破損した」などと説明したが、爆発 については触れていない。 判定について墓地の基地渉外室は「資料をもらっておらず把握していない」と 回答。消防組合は「判定の方向性は担当者レベルで伝えた」としているが、基地渉外室は「承知していない」と答えた。 狭山、入間両市は「文書の内容が分からず何とも言えない」「事実かどうか 確認する必要がある」としている。 >東京新聞6月5日記事より

最近読んだ本7 [都市・芸術]

ブロードウェイ大通りNik Cohn 1995 The Heart of the World  
訳 古草 秀子 渡会 和子 河出書房新社

著者は、40年前1977年、丁度私が大学を卒業し働き始めた頃、世の中にディスコがはやっていた時のアメリカ映画「サタデーナイト・フィーバー」の原作者である。イギリス人の父とロシア人の母の間に生まれ、アイルランド・ダブリンで育ち1975年アメリカに移住した。此の本は、ニューヨーク・マガジンに書いた記事が大当たりして、映画やミュージカルになった収入で、丁度ジョイスの小説ユリシーズで主人公がダブリンの町をさまようように、ブロードウエイをその発展の歴史をたどって南から北に、いろいろな人間が脚光を浴び、没落した身の上話を街の転変に重ねて描いたノンフィクションだ。その人間たちも、性倒錯者、証券マン、市議会議員、ボクサー、賭博狂い、元麻薬中毒、ショウガールなど、全て盛り場の移動と共に落ちぶれたものばかりだが、この本を読んでどこか爽やかさを感じるのは、作者の強烈なニヒリズムと、人間の弱さへのやさしい眼差しなのだ。

1.なぜこの本を読もうと思ったか。
理屈っぽい本が好きなので、たまに軽い内容の物を読もうと思い図書館で見付けたのがこの本だ、昨年6月旅行でニューヨークに寄り、5番街32丁目の安宿に泊まった。西に歩けばすぐにマディソンスクエアガーデンで地下がボストンへの列車が出るペンステーションだ、昔はサーカスの行われる公園だったのでこの名がある、今は大きなアリーナでロックイベントをやっていた。ブロードウウェイは南端のバッテリーパークから17丁目まで北上し、そこから碁盤目の街を唯一斜めにセントラルパークの南西角へ延びる。23丁目の鋭角の角が初期スカイスクレーパーの傑作、ダニエル・バーナム設計のフラットアイアンだ。この辺りに住む友人の芸術家岡本陸郎氏夫妻と、夕食はレストランでパエリアを、翌朝はすぐ前の公園でスズメにパンを上げながら朝食を共にして分かれボストンに向った、このような経緯で本のタイトルに目を引かれたのだ。ちなみに氏は作品を持帰り九州九重に個人美術館を開いている、興味のある方は下記ホームページを見てください。
http://www.rikurookamotomuseum.com/info.htm

2.何故この本について文を書こうと思ったか。
それは次の話がスキャンダルとして出てきたからだ。「マディソン・スクエアは「地上の楽しみの園」となった。そして、ブロードウェイは、その「金ぴか時代」に突入した。「金ぴか時代」は、はっきりしないが188O年代のどこかで始まり、終わりはもっと明確で、1906年6月25日の夜、ハリー・ソウがスタンフォード・ホワイトを撃ったときとされている。」
ホワイトはアメリカの1世を風靡した建築家で、私も設計事務所勤務の時代に、過去の様式を用いた建築を、H.H.リチャードソンやホワイトの作品で学んだので、この文にショックを受けた。ホワイトの死因は知らなかったが、撃ったのが億万長者で、アイドル女優をめぐるトラブルが原因というので、ブロードウェイでは最も知られた話らしい。                               ホワイトは米国の建築史でどのような位置を占めるかを述べよう。国家的仕事を行った建築家はリチャードソン(Henry Hobson Richardson)1838~1886に始まる、ハーバード・パリのボザールを出て多くのロマネスク様式を用いた作品が残る、主作品にボストンのトリニティ教会がある。ホワイト(Stanford White)1853~1906は6年間リチャードソンの基で働き、ヨーロッパ遊学後Mckim.Mead &Whiteとして3人で建築事務所を創設し、ワシントンスクエア凱旋門、2代目のマディソンスクエアーガーデン、学校や住宅など多くの作品を残した。これ以後シカゴ万博計画に集結したチャールス・マッキム、ルイス・サリバン、ダニエル・バーナムなどの中でバーナム(Daniel Burnham)1846~1912はBurnham&Root事務所としてニューヨークのフラットアイアンやシカゴのルッカリーなど多くの高層ビルを設計しシカゴ派と呼ばれる。日本に旧帝国ホテルなどの作品を残したライト(Frank Lloyd Wrighit)1867~1959もサリバン、バーナムの基で働いた。

3.スタンフォード・ホワイト、イヴリン・ネスビット、ハリー・ソウの三角関係、この部分の抜粋だ。
「この時代は、アメリカが莫大な富と絶大な自信を持った時代であり、優美、けばけばしさ、そして単なる愚かさが混ざり合っていた時代だった。ホワイトはそのすべてを一身に備えていた。芸術家にして世馴れた都会人、紳士にして遊び人。建築家としては、古典主義と大げさな装飾をボザール風に自由に折衷し、公共建築の様式の輪郭を定め、大きな影響を与えた。ホワイトは火山なみに精力的だった。公的には、二代目のマディソン・スクエア・ガーデンによって、ホワイトの名声は頂点に達した。私的に彼が勝ち取った最大のものは、イヴリン・ネスビットだった。そして最後に、この公と私の関係は、もつれあって因縁話へと発展する。まず、ガーデンの話がもちあがった。バーナムが引退したあと新たな大施設を建てようということになり、マッキム・ミード・アンド・ホワイト建築事務所に声がかかった。そして4OO万ドル余りをかけて、まるまる一ブロックを占める「遊びの殿堂」ができあがった。アンフィシアターと呼ばれる大円形競技場は一万七干席、屋上にはひときわ高く、セビリャのヒラルダの塔を模した塔が聳えていた。
イヴリン・ネスビットは、1901年に登場した。ブロードウェイに来たばかりの16歳で、大当たりのショー「フロロドーラ」のコーラスガールをしていた。このうえなく魅力的な女性で、卵形の顔に、腰まで伸びた赤褐色の髪、ラファ工ロ前派の絵のような華奢な体つきは、時代にぴったりの美しさだった。やがて、スタンフォード・ホワイトの目にとまり、ホワイトは大衆の好奇の目が及ばない西24丁目のロフト・スタジオで、彼女にシャンペンをふるまった。スタジオの一隅に、緑の蔦をロープにからませた、赤いびろうど張りのぶらんこがあった。ホワイトはぶらんこに彼女をのせて、揺らしそのあと、鏡だらけの部屋で言葉巧みに誘惑した。スタンフォード・ホワイトの新しい愛人として奉られ、イヴリンは裸で赤いびろうどのぶらんこにのって、天まで届けとばかりに足を蹴りあげていた。
やがて成り行きで、彼女はハリー・K・ソウと結婚することになった。ソウは欠陥人間だったが、4千万ドルの遺産の相続者だった。 結婚はうまくいかなかった。スタンフォード,ホワイトへの恨みはくすぶり続けた。「俺の妻をひっかけて、ものにした、あのげすなでぶ野郎」そしてとうとう、ソウはマディソン・スクエア・ガーデンの屋上庭園に行き、ホワイトの眉間に三発、撃ちこんだ。」

4.この本で考えたこと。
古今、建築家はあまり派手な事がなく、事件に巻き込まれたのを聞かない。
フランク・ロイド・ライトが駆け落ちした夫人との住居兼アトリエとして建てたタリアセン・ウェストを、狂った使用人により放火で焼かれ、婦人と子供2人、弟子4人が惨殺された事件が有るが、本人がスキャンダルで殺されたのはスタンフォード・ホワイトくらいだ。私が師事した村野藤吾先生や、そのまた先生の渡辺節氏など、ずいぶん粋な遊びもしたようだが、あくまでその時代のオーナー・クライアントとの付き合いだ。ホワイトも村野先生も建築様式を使いこなすという点では同じで、私も勤務時代にホワイトの作品集を勉強した。だが彼はその能力を芸術に昇華させるだけでなく、欲望の為にも使った。
この事件が自分の1/3の年齢の女性を愛人とした結果だ。資料によれば、ソウの家系には精神異常者が多く、金の力で異常者として刑を逃れ、後に正常者と主張し施設を出ている。ネスビットは不道徳な女性だったという説がある、ソウの家から金を貰い、子育てをして普通に暮らしたという。
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戦争と宗教 [人類の歴史]

最近読んだ本 6
昨日までの世界Jared Diamond
The World Until Yesterday  
What Can We Learn from Traditional Societies?
訳:倉骨 彰 日本経済新聞出版社
著者は長年ニューギニアやその他の未だに残る、大規模近代国家の影響の及ばない小規模社会の中で、社会が今の形に成る以前の人々の、領地・戦争・司法・育児及び老人への対応などに対する考え方をさぐり、行き詰まりを見せる現代との対比の中に有益な方法を探ろうとする、下記はその宗教についての部分である。

宗教とは、個人のあいだで特定の特徴が共有される社会的集団を、それらの特徴がまったく同じ形
態で個人のあいだで共有されない社会的集団から区別する、それらの一連の特徴である、そして、そ
れらの特徴にはかならず、つぎの三つの特徴のうちのひとつ以上が含まれ、三つの特徴がすべて含ま
れる場合も多い 。1.超自然的な説明を提供する2.儀式によって予測可能な危険への不安な気持ちを静め、和らげる、そして、苦悩や死に対する恐怖心を癒す3.宗教は、初期の宗教を除き、制度
化された組織の存在を促進し、政治的服従の説示を提示し、同胞の他者への寛容を説き、異教徒に対
する戦闘行為を正当化するように進化した。
宗教は、将来、どのように変化するのだろうか。この答えは、いまから3O年後に、世界がどのよ
うな状態になっているかによって異なる。もし世界の各地において、人々の生活水準が向上している
と仮定すれば、7までのうち4つの役割は衰退しつづけると思われる。しかし「儀式によって不安を解消する」「苦悩や死に対する恐怖心を癒す」という役割は存続するだろぅ。とりわけ、科学的見地からすれば無意味にみえる、「生きること」と「死ぬこと」の意味を提示できるとする宗教の役割は支持されつづける可能性が強いと思われる、かりに意味を求める問いに対する科学の答えが真だったとしても、意味を求める問いに対する宗教の答えが幻想だったとしても、科学の答えでは不満な人々が未来にも大勢存在ずると思われるからである。
一方、いまから3O年後に世界の多くの地域において貧困状態が依然としてみられたり、あるいは、
もっと悪いことに世界経済や生活水準、そして平和が悪化していると仮定すれば、超自然的な説明を
も含めた宗教のすべての役割が、ふたたび重要視されるのではないだろうか。そして、私の子どもた
ちの世代は、こうした答えが現実になる世界に生きるのであろう。

現在の中東に於いては、宗教が混乱を呼び、混乱が宗教を求めるという循環に陥っていると私には思える、著者の分析はもうすでに、現実世界に呑込まれ、飛び越されてしまっているようだ。

人の為生きるとは [ART]

moku.jpg

手が自由に使えた頃、一体どんな気持ちでこれを彫っていたのだろうかと、だいぶ円空と木喰の模刻をしてみた、絵や彫刻をしている時は全く回りが見えず、自分のことは一切考えない、 ただ手が勝手に動くような空間に居る、こういう事からどこで行き倒れようと庶民の救済の為仏像を彫り旅をする生き方が生まれたのだろう


最近読んだ本5 [人類の歴史]

 Tristes Tropiques(悲しき熱帯) Claude Levi-Strauss  川田順造 訳 中央公論新社 2011年


レヴィ・ストロースはユダヤ人としてナチス傀儡政権下のフランスを逃れ、主にブラジルで活動した文化人類学者で、その研究は「構造主義」と言われる哲学となった。精神と物質と言う相容れない2元論でなく、ボディペインティングの慣習から都市の変遷まであらゆる部分が、そして社会の歴史全体が示すものが構造だというのだ。
以下はインドのカースト制とファシストが台頭した時期を考察した部分で、今の世界の状況を見る時、時空を越えた構造と言う見方が明らかにするものを示している。
※カースト制はすなわち、社会集団が互いに侵害し合うのを防ぎ、他の者が敵対的な自由の行使を放棄することによって、各々に固有の自由を保っておこうとしたのである。人間にとって、この大実験が失敗したことは悲劇だった。私が言おうとしているのは、カーストが異なっているが故に平等であり続ける、つまり、共通に測り得るものを持たないという意味で平等であり統けるという状態に、歴史の流れの中でカーストが到達できなかったといぅことであり、カーストの中に等質性という、身分制度が生まれるのを可能にする、あの人を襄切る薬の一匙が盛り込まれたといぅことなのである。なぜなら、もし人間が、みな人間として、だが違ったものとして、互いに認知し合いながら共存することに成功できるならば、別のやり方として、人間性という比較可能な一目盛りを互いに拒み合うことによって、それゆえ従属関係の中に自分たちを位置づけることによってもまた、同じ目的を達成できるからである。インドのこの大失敗は一つの教訓をもたらす。つまり、あまりに多くの人口を抱え過ぎたことによって、一つの社会が隷従といぅものを分泌しながらでなげれば存続できなくなったのである。人間が彼らの地理的・社会的・知的空間の中で窮屈に感じ始めたとき、一つの単純な解決策が人間を誘惑する怖れがある。その解決策は、人間という種の一部に人間性を認めないということに存している。何十年かのあいだは、それ以外の者たちは好き勝手に振舞えるだろう。それからまた、新しい追放に取り掛からなげればなるまい。こうした展望のもとでは、ヨーロッパが二十年来その舞台になって来た一連の出来事それはヨーロッパの人口が二倍になった過去一世紀を要約している    は、一集団の錯誤の結果とは思えないのである。私はそこに、むしろ終末世界へ向かう一つの進化の予兆を見る。その進化は、南アジアが一千年か二千年、われわれより早く経験したものであり、われわれも余程の決意をしない限り、恐らくそこから逃れられないだろうと思われるものである。
なぜなら、この人間による人間の価値剥奪は蔓延しつつあるからだ。それに感染する危険は一時的なものに過ぎないといって問題を遠ざけることは、あまりに偽善的で無自覚なことと言わなければならないであろう。
アジアで私を怖れさせたものは、アジアが先行して示している、われわれの未来の姿であつた。インディオのアメリカでは、私は、人間という種がその世堺に対してまだ節度を保つており、自由を行使することと自由を表すしるしとのあいだに適切な関係が存在していた一時代のはかない残照を慈しむのである。



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最近読んだ本3 [政治、経済、憲法]

「なぜ日本人は日本を愛せないのか」
Karel van Wolferen著 大原進訳 毎日新聞社
著者はアジアを中心に広く各国の事情を知り、日本に長く住み現在はアムステル大学の「比較政治、経済制度」教授としてオランダと日本を往復している、内容は日本の政治、経済の特異性が何処から由来するのか、このままではどういう結果になるか、それを避けるためどうすれば良いか、政治家と官僚、憲法改正などを通じて論じたものである。
「市民の願望は、正当に選ばれた代表者たちの一団によって仲介される必要がある。 こうした代表者たちだけが集団的行動の優先順位を決める資格、すなわち政府機関内の管理者たちを政治的に指導する資格をもっている。またこれらの代表者たちには、国内のあらゆる個人や機関による権力の行使に行き過ぎがないかを監視する神聖な義務がある。仮に政治システムを構築するよりよい方法があるとしても、日本の歴史のなかにその例がないことは間違いない。そして少なくともわれわれの知るかぎりこれ以上いい方法はないのだ。「市民の望みを反映するもの」としての国家概念をけなしつづける日本の知識人や、政治家であるというだけで政治家を攻撃しつづける編集者たちは、これまでの伝統から離脱するのを恐れている。その伝統は人間の幸福が花開く条件をもたらしてはいなかったというのにだ、彼らは自分たちが支持する代替の制度 、それはつねになんらかの形の独裁主義だが、いつの日か日本のためになることがあると思っている夢想家たちである。」
「憲法改正の訴えは多くの日本人の目に旧来の右翼に味方するものと映るだろうが、日本の左翼の方々にしろ、これをそういうものと受け取る必要はない。日本の真の愛国者たちによって首剣な提案がなされ、責任をもって冷静に討議されれば、このテーマは、日本には現在欠けているが民主国家には欠かせない、民衆の公開討論を生み出すかもしれないのだ。そこでは、あらゆる階層、あらゆる種類の日本人が、社会の意義と目的という基本的な問いに取り組むだろう。それは、明治・大正期の日本人の生活を豊かに彩りながら、1960年ごろから完全に干上がっていた政治的な思考や論説を、再び泉のごとく湧き出させる機会になりうるだろう。日本の憲法を改正すべき根本的な理由は、現在のままでは憲法が人々にまじめに受け取られないということだ、受け取られるはずがないのだ。そして、まじめに受け取られないために、官僚の力を効果的に抑えることができないのである。日本国憲法は毎日、一貫して、組織的に侵されている。そのため、日本という国家の法的中核を代表するものとして、恥ずかしい存在になっている。憲法は日本というシステムのような政治的病弊の発生を防ぐためにもうけられているものだ。」
「現状はきわめて危険である。法律に対する市民の信頼(民主主義を守るための重要な条件だ )を破壊するからである。これを理解するのは、多くの日本人にとって容易ではない。なぜなら憲法の果たすべき役割について、明確に考える機会を一度も与えられてこなかったからだ。憲法はそもそも何を実現すべきものなのかは教えられていないのだ。国の他のすべての法律の真の礎となるような憲法なら、社会から恣意性を追放してくれるものであり、したがって大切に守っていくに値する。恣意性が追放されることは、個人の自由を守るために絶対に必要である。だが日本の今日のような実態の憲法は、まったく守るに値しない。なぜなら恣意性を追放することがほとんどできないでいるからだ。日本の市民が第一に認識すべきなのは、この状況下で市民がいかに多くを失っているかということである。」
「憲法は日本という国家が拠って立つ基本文書であり、日本という国家はコミュニティーの集合的望みを具現化すべきものなのだから、新憲法はあらゆる階層、あらゆる種類の日本の市民の政治的感情を反映するものでなければならない。日本の市民がぐずぐずしてなかなか自身の憲法をつくらなかったら、ある時点の予期せぬ状況の力によって、扇動家か、ほんとうに時計の針を元に戻したいと思っている国粋主義思想の信奉者の手によって、これを変えられてしまう可能性はいくらでもある。こうした状況のもとでは、誠実かつ徹底的な政治討議はさらに難しくなる。当局は民衆を静かにさせておくためならなんでもやろうとし、メディアは現状に脅威を与える恐れのあるあらゆる発言を封殺するようきわめて大きな圧力をかけられるからだ。」
これが書かれたのは1998年である、17年後の今日本がどんな状態か見れば論旨の正しさ、日本を心配する気持が読み取れる、これは改憲論ではない、憲法は恣意的に捻じ曲げられるので無くどう有るべきか議論が必要だと言っているのだ。 

入梅直前の雑木林 [自然・都市・生活]

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入梅直前の花と昆虫、さいたま緑の森博物館、入間市の狭山丘陵を歩くとちょっと変わった生物が見られる、暗い林床に咲くサイハイラン(左)やムヨウラン(右、腐生植物)オオミズアオ(ヤママユガ科)などである、雑木林は暗く湿った場所になる。 


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護憲集会 [都市計画・政治]

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5月3日みなとみらい臨海パークの憲法集会に参加した、平和憲法への危機感を持つのが圧倒的に年寄りなのは、如何に教育やメディアが巧妙にコントロールされてしまっているかを表していると思える 


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