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2019-08-21

最近読んだ本2019.5.23 その(1) Voodoo Science


The Road from Foolishness to Fraud. Robert L. Park


栗木さつき 訳 主婦の友社


牧場主がニュ-メキシコ州の砂漠で合成ゴム片、金属フオイル、棒状の物などを拾った。空飛ぶ円盤の話を聞いて、保安官に破片を見付けたと言うと彼は軍の飛行場に話を持って行った。飛行場はこれを発表した、すぐに「レーダーの標的であった」と訂正したが逆に円盤墜落の隠蔽工作と受け取られ、噂は広まってロズウェルの町は観光地となった。UFO本やエイリアンのTシャツが飛ぶように売れ、人気キャスターがABC.CBS.フオックステレビなどで娯楽番組に仕立て、とうとうエイリアンの解剖フイルムまで現れた、当然すぐにインチキがばれたが。当時未だ冷戦時代で、実行寸前だと思われたソ連の核爆弾を感知しようと、軍は気象観測を装って極秘にスパイ気球を打ち上げた。これを機密扱いにして2重の作り話をでっち上げたのが、後の軍の文書公開で明らかになった。しかしUFOフアンはますます政府は信用出来ないとして、ロズウエルの街に集まり、エイリアン人形やTシャツ、本などを買いあさった、これが真相だという。…次回に続く



2019-08-21

最近読んだ本2019.5.23 その(2)Voodoo Science
この著者は米軍やワシントンの科学顧問として働いていたので、特に政治家や軍の人間が科学に無知なのにつけ込んだニセ科学の詐欺と、それを利用しようとした政治家の例を詳しく書いている。実は何の関係も無いと証明されたが、今でも話に出るマイクロ波の健康被害で、送電線とガンの発生率が関係が有るとして、おびえた電力会社を食い物にした弁護士や調査会社。1984年レーガンが宇宙から発射するレーザー兵器という怪しい情報に飛付いて、スターウォーズ計画を発表し、その4年後までに政治家や軍人をだまして300億ドルの税金をせしめた、ジャンク科学の発案者とグルの軍需産業、これは1回だけ実験が行われたが何も起こらず金だけが消えた。1976年あるベルギー人がフランス政府に空から鉱床を見付ける装置を持ち込んだ。当時の保守党大統領ジスカルディスタンはフランスが優位に立つ可能性があるとして、秘密を徹底するよう命じ、3年間で2億ドルを注込んだが最初の1回だけ石油鉱床がみつかり、以後何も起こらなかった、誰も見ていないこの箱の中身を調べたらただのビデオ装置だった、これで大統領は社会党のミッテランに代わった。日本でもこの手の話はいくつもあり、最近では画期的スーパーコンピューターの話に自民党の麻生財務相が乗って国民の金を注込んだが、開発研究の実態は何もなく、責任も取っていない。このような話はもちろん初め から意図的な詐欺のこともあるが、科学の理解不足な者がこんな事が出来るだろうと考えて発表し、やがて不可能に気付き、この時点ですでに金を集めているので、嘘をつき通す他なく詐欺になるケースも多い。

・・続く


ニセ科学を叩き潰そう [愚かな者]

最近読んだ本2019.5.23 その(3)Voodoo Science  

迷信や占い、たまに起きる偶然などを利用し、科学の様な顔をした悪意ある詐欺と、そういうものが好きで信じたがり、財布を軽くする科学に無知な人間、もちろんこれには政治家や軍人、そして科学者の一部も含まれているのだが、この様な色々な例がまだ挙げられている、アメリカでは病気を治す記憶を持たせたという水が、無害だと許されて高い値で売られている、何しろただの水なのだから。物理学会では一時大騒ぎとなった常温核融合に関する情報交換会が、不可能と証明されてもなお未だに行われているなど。だが一番筆者自身が言いたいのは宇宙ステーション計画だ、冷戦時代に宇宙開発競争が始まり、有人宇宙船や宇宙ステーションが科学や軍事上のアドバンテージをもたらすという宣伝で、莫大な費用や、人命を費やして行って来た代償にいったい何が得られたか、結局高価な人体実験をしただけなのだから、早く有人宇宙船などやめなさいと言うのだ。確かに目的不明のまま国のメンツだけの為に行われているように見える、ハヤブサ計画のほうがよほど科学研究に役立つだろう、ニセ科学を見分けてクールな頭で回りの世界を見る事が必要なのだ。
同じようなテーマの本に「なぜ人はニセ科学を信じるのか・UFO・カルト・心霊・超能力のウソ」マイクル シャ―マー が有る、こちらは進化論の教育に関する裁判や、ニセ科学を面白おかしく取り上げたマスコミをやっつけようと奮闘する筆者を、ドタバタ調で描いて真面目で楽しい読み物になっている。終わり

義父の戦争 [人類の歴史]

義父の戦争 第1話 前線へ


この話は1996年に亡くなった、妻の父の遺品の中にあった、義父(以後:Tと記す)の短い文章を含む 飛行第45戦隊戦友会 発行の「雲翔南に北に」と言う文集及び、その他のコピーと地図、生前にTより聞いた話を資料として、その他の関係する出版物も参照してまとめた。


飛行第45戦隊(以後:飛45と言う)はノモンハン事件よりハイラル、天津、南京、広東と転戦し、昭和17年末に戦況不利なラバウルに向う事と成った。


T151月に安慶から単身呼び戻され福生の飛行学校に入り、卒業後鉾田の飛行学校勤務となった、おそらく体格が小柄だったので直接前線に行かなかったのだろう。


自分の家は入間市に在り、すぐ横が自衛隊の飛行場(旧米軍ジョンソン基地)である、ここは所沢航空学校から別れて陸軍航空士官学校と成ったところで、Tもなじみが有り、秋の航空祭に来て、昔を思い出すように滑走路を眺めていたのが印象的だった。八高線で飯能のカフエに遊びに行き、他の兵隊たちと階級の事で口論になり、お互いに軍刀を抜いた、というのがこの頃の話である。さて17年8月に戦線の最南端、ソロモン諸島のガダルカナル島に連合軍が攻撃をかけ、18年2月の同島撤退に向かって戦局が悪化し、1712月に飛45は当時の使用機九九式双発軽爆撃機を空母龍鳳沖鷹に積んでラバウルに向うのだが、Tはこのとき未だ飛45に編入されていなかった。第2話ではTが飛45に編入された経緯から書くことにしよう。


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義父の戦争 [人類の歴史]

義父の戦争 第2話 ラバウル

龍鳳は潜水母艦を、沖鷹は民間船を改造した小型空母であり、この時期ミッドウェイ海戦の敗北により船舶は不足していた。沖鷹は故障で1日遅れ、龍鳳は護衛の駆逐艦1隻と、九九双軽22機、航空隊員133名を積んで横須賀を出港した。

八丈島東160カイリに達したとき、龍鳳米国潜水艦の潜望鏡に捕えられた、機雷敷設の為ハワイを出港し日本[鈴木1] に接近していたサンフィッシュ、トリガーと3隻中のドラムである、魚雷が4本発射され1本が命中した、死者100余名の内飛45隊員42名、ほとんどの機体が損傷し、船体は大きく傾いて横須賀に引き返した。ドラム艦首の残り2本の発射管には機雷が入っていて発射できなかったという、おそらくもう1本命中で撃沈であったろう。

隊員たちは守秘の為横須賀に缶詰めにされ、機体と人員の補充が開始される。面目を失った海軍は大型で高速の空母、第三艦隊旗艦瑞鶴を任務に充てることになった。

Tの記述は瑞鶴乗船から始まっているので、この時の補充要員として飛45に配属されたのである、船中で豪華な食事を出されたが船酔いで食べられなかったと書いている。5隻の駆逐艦の護衛で1231日瑞鶴は横須賀を出港し、1814日トラック島に入港した、他の艦が1週間かかった距離を5日で走破した。飛45122日海軍1式陸上攻撃機の誘導でラバウルに到着し、ここでガダルカナル攻防戦、ニューギニア航空戦を戦うのである。

2話は「旗艦瑞鶴へ、飛行第45戦隊急送せよ」平成2年、神野正美氏のコピーを参照した、第3話はいよいよ義父より聞いた戦闘の話だ。

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義父の戦争3 [人類の歴史]

義父の戦争 第3話 撃墜

昭和17年8月に日本軍の到達した最南端、南緯9°40ソロモン諸島ガダルカナル島の連合軍による奪回戦が始まり、日本軍は18年2月に撤退した。

私は丁度この頃8人兄弟の末っ子として生まれた、もちろん戦争の記憶は無く、敗戦後の苦しい生活と、周囲に残る戦争の暗い影を見てきただけだ。

これから米軍の圧倒的物量と、レーダー、近接信管(注*赤外線を感知し高射砲弾を爆発させる)技術により、日本機の撃墜が増え搭乗員も激減する、ニューギニア南岸に築かれたフィンシュハーフエンなどの基地勢力に対抗出来ず、5月にはラバウルからニューギニア中部北岸ブーツ、さらにセレベス島メナドへと敗退する。日中の襲撃が激しくなり「輸送船で到着した若い人たちが、目の前でやられていくのが一番つらかった」という。

義父Tはこの間1225日機種を二式複座戦闘機(双発、攻撃機に改装)に改変のため、ブーツから国内に戻り、鉾田と大阪の八尾の工場を往復していた、このころ「阿倍野の旅館に泊まって、近くの飛田遊郭に行った」と、単身赴任で私が努めていた阿倍野の建築事務所へ家内と子供を連れて来てくれた時話していた、

ここからは本人の記述による、192月戦線復帰、22日にメナドから出撃し、双発双胴のロッキードP-38ライトニング戦闘機と会戦して撃墜され、負傷してニューギニア中部北岸ワクデ島付近の海に着水した。第4話は生還、そしてジャングルでの自活の話だ。

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義父の戦争 第4話 [人類の歴史]

義父の戦争 第4話 ジャングルの地獄

撃墜され海に不時着し投げ出された、上半身血だらけだった、同乗の本部の人は死んだが、若い大柄な副操縦士は無傷で、自分につかまってくれと言って陸まで泳いだ、この時の傷は残っていて、後日役所で傷病年金の事でもめた時、服を脱いで見せてやろうかと言ったそうだ。

日本軍の占領といっても、海岸沿いに点々と拠点があるだけで内陸には踏み込めない。他の人は現地人に助けてもらい友軍の所まで何日も歩いて帰還したというから、Tもこんなだったのだろう。他の本によると、米軍が組織した民兵ゲリラにつかまり捕虜になったとか、現地人の助けで同じ場所に墜落した米軍パイロットとしばらく一緒に暮らしたという話もある。

45はネグロス島シライ基地で191123日最後の1機を失った。残置部隊といっても要は置き去りである、もはや輸送船も無く、負傷将校を乗せた輸送機が撃墜され全員死亡するという状況であった。20年3月には島々に米軍上陸が始まり、30日ネグロス島上陸、北部のシライ山(1500m)に向い退却する。

「栄養失調で体が膨れ上がると死んでゆく、穴を掘ると蛙が沢山入るので丸ごと煮て食った、奥に入ると山菜も無く、これが沢ガニ、カタツムリ、ミミズに変わり、夜は服の縫い目を噛み潰し、蚤の血を吸った」5話は、続ジャングルの地獄である。

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義父の戦争 第5話 [人類の歴史]

義父の戦争 第5話 続・ジャングルの地獄

5話はTと同じ隊のK准尉、U軍曹の文を参照している「この時期ネグロス島は季節が悪く丁度雨季であった、工兵隊により断崖の谷間に掛けられた蔓梯子、その下には渡れずに白骨となったもの、腐れかけたもの、落ちて半死のもの、それも雨が降ると滝となって流されてしまう。水溜りで水を呑むと油がギラギラしている、よく見ると岩陰に腐敗した死体が悪臭を放っているが気にはならない。山に近付いた頃B上等兵がA軍曹を連れているのに出会った。彼は最前線のタコツボで、飛行機から外してきた機銃で奮闘し、栄養失調で失明したというのである。Aは精神的にも異常を来たしているらしく、飢えが嵩じてBが口を動かせば、見えないながら何を食っているのだとせがまれるという。サツマイモを10個ほど与えた、彼らは喜んで食べていたがそのAもまもなく病死したらしい」

KY准尉は義父T(曹長)とO及びI上等兵を連れて付近の村落に塩の徴発に出かけ、川を渡り中頃まで進んだとき、住民側から銃撃されて一旦川に倒れたがすぐに起きあがり軍刀を抜き、俺は日本人だぞ、と叫んだ途端再び弾を受け死んだ。I上等兵も帰らず、O上等兵は肩を貫通され暗くなってから帰ってきた。T曹長は無事だった」

829K上等兵が栄養失調による衰弱のため死んだ。Kの最後の言葉は綺麗な水で体を洗って死にたいなー、だった」飛行機乗りの最後は空中でバラバラになるか、不時着が不可能な時は敵に体当たり又は垂直に突っ込んで自爆であったから、今生での切実な願いだったに違いない。最終第6話は、敗戦、投降だ。

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義父の戦争 最終 第6話 敗戦・投降 [人類の歴史]

義父の戦争 最終 6話 敗戦・投降

日本は20815日降伏していた。18日「戦いは終わった」というビラが観測機から撒かれた、大隊本部は指示を待てという事であった。住民の発砲もなくなり、94日に司令より投降する命令が出て、ひげを整え銃を捨て手白旗を掲げ持ち山を下った。上陸用舟艇車に大勢乗ったのに、降りて押せと言われるかと思ったら坂道を苦も無く走って、着いたのはファブリカの大きな木材工場の倉庫であった。上が米軍の宿舎で、床下土間に段ボールの箱を敷いたのが投降者の宿舎であった。全員処刑されるという噂などもあったが、米兵も水を飲むのに並んで順番を待っているし、また回りを気にしてタバコの吸殻を石の下に隠す、このように社会性でも、「鬼畜米英」などと言っていた日本が何時になったら追いつけるか、というほど大人であり、進んでいる事を教えられた。

何日かして港から大型上陸用舟艇で全員移動し、レイテ湾らしい所に着きブルドーザーが上陸地を均しているのに驚いた、数キロ歩いて門柱とばら線の張ってある収容所に着いた、タクロバン収容所であった。早速丸裸にされ先に収容されていた血色の良い日本兵から衣服一式が渡され、脱いだ衣服はすぐ横で燃やされて蚤とも分かれた。途中道路の両側に並んだ段ボールの物資や、雑草退治に「血の1滴」と言われたガソリンをかけて焼くのを手伝わされ、国力と物資量の違いに、苦しんで何をやって来たのかという思いを持った。

物語はこれで終わる、こんな経験をした人たちはもう思い出に苦しまないで良い所に行った、だが私たち戦中生まれの心には何かが残っている、それを書いておきたかったのだ。

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最近読んだ本 '18.6 [自然・都市・生活]

外来種のウソ・ホントを科学する Where Do Camels Belong?

The Story and Science of invasive Species  

Ken Tompson 屋代道子:訳築地書館

ラクダと言えばピラミッドやスフインクスをバックに観光客を乗せているか、ロレンスがまたがって砂漠を走るのを思い浮かべる、しかしラクダは北アメリカで進化発生し、南アメリカで最大限に分化した、アルパカ、リャマなどは皆仲間だ。氷河期にベーリング海峡が閉じたときにユーラシアへ渡ったことになっている。

著者はこの話を始め、大陸移動、種の進化などから在来種と移入(侵入)種という区別は、時間軸に沿って考えると成り立たないことを証明している。

自然環境保護と称して多額の税金を使い長い時間をかけ結局何も目立った効果が上がらなかった例が多い。一度消滅して再度自然に、または人口的に定着した複雑な過程を経たもの、侵入種の丈が高い場合、在来種が丈の高い方向に変化し進化圧により別の種になっていくものもある、結局自然は人間がいじくり回し改変した環境に対応して移動するか、または人間や物流と共に移動した場所で生きてゆくのだ、生物種は混じり合い相関して進化し、少し長い時間で見れば(生物の歴史で見ればほんの一舜だが)平衡状態に近くなる。

これだけであれば生態学的に見た環境保護の批判的内容なのだが、作者はさらに「わたしたちの進化の歴史と関係し、人間が危険をどう察知するかという問題にかかわる、もっと根深い心理的な理由もあるように思える、わたしたちは抽象的で非人間的な脅威―中略―マラリアや気候変動や肥満には十分な関心を払わない。逆に、目に見える相手には敏感だから、テロリストや暴力犯、小児性愛者には過剰なほどの不安を感じるのだ。」「民族的出自にかかわらず、誰もが環境保護、文化遺産保護活動に完全参加できるようにすることを目標に掲げる団体、UKブラック・エンヴィロンメント・ネットワークが、外来生物排斥が外来人間排斥へと転化する境界線の微妙さを懸念して、両者にもっと寛容にと盛んにキャンペーンを張っていることは、注目していいだろう。」と述べている。

人類の発生期には複数の種があったこと、現在のアメリカ大統領の言動などを照らし合わせ考えるべき点が多い。

 


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